第十期2015年度(平成27年)権現の森林定例作業日程表

 

回数 作業日 作業内容(変更の場合有り) 備考
第1回(通算176回) 4/5(日) 小屋開け(のぼり・看板などの掲揚、トイレの設置、植栽地・作業工具の点検)、鹿除けネットの製作 マンサクイワウチワミツバオウレン
第2回 4/19(日) 植栽木の鹿除けネットの製作と設置 シヤクナゲ
コシアブラ
ブナ・ミズナラ・ウワズミザクラなど
第3回 5/10(日) ゴヨウツツジ
ユキザサ
第4回 5/24(日) 植林(ミズナラなどの自前苗200~300本)同時に鹿除けネット設置
第5回 6/7(日) 権現山頂までのパトロール
第6回 6/28(日) 岐阜支部自然観察会 西條会員担当
第7回 7/5(日) 倒木の整理
第8回 9/6(日) 植栽木の手入れ
第9回 9/26(土) エスケープルート整備
第10回 10/11(日) 〃/遊歩道の整備
第11回 10/25(日) 下刈り 紅葉
第12回 11/1(日) 植栽木の手入れ・害獣による食害の点検・整備
第13回 11/14(土) 芋煮会 小屋じまい 初雪
予備日 11/21(土) 同予備日

今年度のメインテーマ

*動物による食害防除(ネットの設置)

*新設林道からのエスケープルート整備

*道具小屋付近の自前苗植林(300本余り) など

*前日までにご連絡を頂ければJR岐阜駅またはJR大垣駅への送迎も致します

活動場所:岐阜県揖斐川町藤橋地内 岐阜県県有林
連絡先 ℡090 5454-7069 藤井法道

1月バリエーション山行 徳平山1193.1m~赤樽山 1143.3m

徳平山 1193.1m

山P1250037

1月25日(日) 晴れ

CL 今峰 SL 鈴木 参加者 神山 後藤 竹中(美) 久田 馬渕 山本 小林 林

6時に油坂峠に集合し、乗り合わせて登山口に移動する。

明るくなった6時40分にスタートし、ワカン、スノーシューで締った谷ぞいの急登を交代で登る。

汗をかきながら、高度を上げ尾根に上がる頃、冷え込んできた。

尾根はすごい雪庇が張り出していた。

10時32分 徳平山山頂に着く。

ここから、赤樽山までは諦めて、雪上訓練を行う。

雪洞、ロープを使ってのトラバース歩行などを学び、昼とした。

12時19分から下山にかかり、急斜面を利用して、懸垂下降の訓練を行う。

15時過ぎに駐車地点に戻り、34分解散となった。

赤樽山には行けなかったが、有意義な山行になった。

参加者 山本

 

小津権現山「私たち県民の森林づくり」 26度後半の活動経過

小津権現山「私たち県民の森林づくり」

経過報告
小津権現山「私たち県民の森林づくり」

今年度後半の活動経過を報告させていただきます。        [堀 義博 編集]

第8回 8月24日(日) 天気:曇り  参加者:JAC2名
昨夜になって雨の予報に急きょ今日の作業中止の連絡をした。しかし朝、雨が止んでいたので参加者が有ってはと思い待合時間に道の駅へ行く。長屋さんからナツエビネの花を見に行くとの連絡を受けていたので、結局2人で植栽地に向かった。先週残した林道の草刈りや台風で飛ばされた植栽地の看板やのぼりなどの立て直しなどを行い、昼頃に下山。お目当てのナツエビネはしっかり花を付けていた。

第9回 9月7日(日) 天気:晴れ  参加者:JAC6名

13-1.角材・板材のボッカ
前夜の大雨も朝には雲一つない好天。天気に恵まれなかった今年の夏を思えば、心躍るような作業日和である。中島さんが道具小屋補修の角材や板材を乗せて駆けつけてくれたので、今日は予定外の作業になるが念願の小屋の大修理を行うことにする。
登山口から全員で資材をボッカした後、小屋の中の資材をすべて放り出し虫干しする。実に10年ぶりに外壁がこれまでのビニールシートから衣替えが出来ることになった。午前中に外壁を張り終え、午後から小屋の内部の棚や屋根部分の補修、防腐剤による塗装などを行う。午後2時前には見違えるようになった小屋へ再び道具を収めて帰途に就いた。
日差しはまだ真夏のようだが、植栽地のそこここに秋を告げるススキの穂が見られた。マイマイガによる食害で若葉を一度は食べつくされてしまったが、8月には見事再生した。しかしブナ爺やブナ婆は丸坊主のままで、その再勢力が無いのか来春の芽吹きが心配だ。

13-2.小屋外壁

第10回 9月21日(日) 天気:晴れ  参加者:JAC7名
国道の本格的な架橋工事で林道への乗り入れが出来なくなるのではと懸念したが、幸い当局の心遣いによりこれまで通り入ることが出来大いに助かる。
今回は登山口で育てたブナやミズナラの自前苗の内ポット苗60本をブナ爺の上部に植樹した。これまでは森林組合で手当てした苗木のためその生育にやや疑問があったが、今回は現地で調達した実生から育てた苗木と云うことで期待したい。植栽地内での自前苗も約150本余りが順調に育っており、来年度以降には植え付けが出来る予定である。
今年も日本で唯一渡りをする蝶、アサギマダラが植栽地を飛んだ。初夏に大発生したマイマイガによる食害でドングリやブナの実が極端に不作で、里へのクマの出没が頻繁にニュースとなっている。権現の森林でもイノシシやシカが良く見られので、念のため鈴やラジオを付け入ることにする。秋山シーズンの到来と云うことでこの日は登山者が見られた。
第11回 10月12日(日) 天気:曇り  参加者:JAC5名
今にも降り出しそうな天気だが、植樹を行うには好都合と今回も80本の植樹をする。自宅で丹念に育てたブナやミズナラの2~3年生のポット苗を登山口まで軽トラで運び、手分けして植栽地までボッカし主に植栽地までの登山道脇に植える。クワで穴を掘り、雪などで流されないようにしっかり足で根元を踏む。その後植栽地に入り下部の下刈りなどを行う。
植栽地のあちこちに鹿の寝床の跡が確認された。今までも見ることがあったが、今回ほどの数は初めてで、食害の多さといい全くお手上げの状態である。しかし食害で枯れた主根の下から健気にも多くの萌芽が確認でき、これを唯一の希望に根競べを続けるつもりだ。

第12回 10月26日(日) 天気:晴れ  参加者:JAC6名
登山道脇に60本ほどのミズナラなどの苗木を植栽した後、新たなエスケープルートの開拓に取り掛かった。植栽地取り付の尾根から来年度新たに出来ると思われる林道までの250mを結ぶルートで、とりあえず下刈りを行う。ルート上には急な所も有るので、年度以降階段などの整備を行うことにしたい。標高800m辺りからミズナラやシロモジ・ナツツバキなどの紅葉が例年になく早く始まっていた。

第13回 11月2日(日) 雨天のため作業中止

第14回 11月15日(土) 天気:雨時々みぞれ  参加者:JAC13名

13-3.芋煮会 (1)
今年度の最終例会は小屋じまいを兼ねて恒例の芋煮会を行う。朝は雲一つない晴天で雨の確率10%。最終例会を楽しみにしていたが、登山口に着くころからあいにくの空模様になる。11月ともなると日本海からの季節風で連日しぐれ模様が続くものと諦め、芋煮会用の材料などを手分けしてボッカする。作業はのぼりや仮設トイレ、水場のホースなどの撤去、それに一部刈り残した植栽地上部の下刈りを草刈り機3台で一気に行う。
途中で雨が雪に変わり本格的に降り出したので、11時半から予定した芋煮会を早々に始めた。1年の締めくくりとして反省会を兼ね、次年度以降の森林づくりの進め方などについて話し合う。寒さも忘れ午後1時頃まで楽しく歓談し、来年10期目の再会を約し下山した。登山口の付近まで紅葉も終わり、植栽地は初雪をいただいて冬化粧に変わっていた。

13-4.第十四回参加者(最終回)

1年の総括
今年度は14回の作業を行い、参加者99名、植栽樹木(ブナ・ミズナラなど)300本だった。平成16年9月以来、通算127回の作業で延参加者1634名、総植栽樹木1974本となった。
今年は例年に比べ台風などによる林道の損傷などが少なく、怪我やトラブルの無かったことが何よりであった。森林づくりを始めた頃に比べシカやイノシシ、ウサギなどが異常ともいえる速さで増えたことによる苗木の食害、マイマイガの異常発生による若葉の全滅をはじめ、毎年繰り返される積雪による苗木の流失・中折など自然の厳しさを痛感させられた一年でもあった。

 

平成26年山岳講演会 山小屋から見た日本のエネルギー問題と「山の日」 

平成26年11月14日 山小屋から見た日本のエネルギー問題と「山の日」 

山岳講演会

[演 題]  山小屋から見た日本のエネルギー問題と「山の日」  [講  師]  日本山岳会会長  森 武 昭  氏

はじめに
皆さんこんばんは。今日こういうお話をする機会を与えていただき、まことにありがとうございます。寒い日になりましたけれど足を運んでいただき、本当にありがとうございます。
1年近く前に高木支部長から「何でもいいですからお話しして下さい」と言われお引き受けしたのですけれど、何をお話ししようか悩みました。その頃には山の日が決まっているだろうから、日本山岳会の会長としてそれを話そうかと思ったのですけれど、それだけで1時間話すのはちょっとつらい。私は今までいろいろと山小屋のエネルギー問題に携わってきましたが、それが今後平地での生活でも同じことになっていくということで、今勤務している大学で時代の先端をいくような新しい取り組みをしています。それで表題のように「山小屋から見た日本のエネルギー問題」
ということで、そのようなエネルギーの話をさせていただこうと思います。どうぞよろしくお願いします。
山小屋で一番最初に取り組んだのは、岐阜県と長野県の県境にある穂高岳山荘です。ちょうど3000mの稜線にあるこの小屋で、太陽光発電と風力発電をやりました。その次に岐阜県の双六小屋で太陽光発電をやりました。その後、一昨年講演された穂苅さんが経営する槍沢ロッジで小水力発電をやって、それから上高地の日本山岳会の山岳研究所でやはり小水力発電をやりました。あと穂高岳のちょうど反対側の蝶ヶ岳の小屋で風力発電の研究、これ以外にも沢山あるのですけれども代表的なのはこういうところです。

14-1.講演会1

太陽光発電
まず太陽光発電ですけれど、今から30年も前になりますが穂高岳山荘のテラスに設置しました。もちろんそれで山荘全部の電気を賄うことはできませんけれど、20~30人のお客プラス従業員の電気を賄うという仕組みです。ここで私が一番最初に勉強したのは、発電量をなるべく多くしようということで20°くらいの角度で設置したのですけれど、これはあまりいいことじゃないということが分かりました。何故かというと、無理に角度をつけると台風などの風圧荷重に耐えるために、架台をものすごくしっかりしなくてはならないのです。そうすると全体が重くなるということで、現在は屋根にベタッとくっつける方式にしています。発電量は7%くらい減るのですけれど、機械的強度から考えるとコスト的に見合うということが分かったのです。穂高岳山荘の次に双六小屋で太陽光発電を設置しましたが、最初から屋根にくっつけました。
平地でも家庭で太陽光発電を設置する時は、傾斜のある屋根の時はみな屋根にベタッとくっつけて無理に角度をつけることはしないと思います。角度をつけると下の架台にものすごく強度がいるので大変なのです。フラットな屋上に設置する時も、発電量からすると角度はその場所の緯度に合わせるのが一番いいのですけれど、そうしないで大体5°とか10°くらいにやっています。やはり風圧荷重に対する問題でそういうふうにしているのです。
山小屋で太陽光発電を設置して何が一番喜ばれたかというと、発電機というのは大体音がうるさいので小屋の中心から離れた場所、小屋によっては別の建物にあります。山小屋の従業員は朝暗いうちに起きて食事だとかの準備をします。そのため真っ暗な所を発電小屋に行かなければならず、これは天気の悪い時などはかなり危険なことなのです。現にそういうふうに外に出て大きな事故を起こした事例もあるのです。太陽光を設置してバッテリーに蓄電しておくと、朝起きるとすぐに点灯でき従業員は明るい所で作業ができるのです。バッテリーを有効に使うという意識も出て来ました。それでずいぶん喜ばれましたが、これも30年前の話です。
太陽光の設置はプロを雇うとコスト的に高くなります。ヘリコプターで機材を上げるだけでも高くなるので、プロの設置業者に頼むと特に高くなるのです。それで私は、学生を鍛えて全部学生にやってもらいました。それだと飯代だけで済むということで、最初の頃は学生のボランティアというか卒業論文の一環としてやっていました。
技術的な話になりますが、太陽光で厄介なのは日射強度が変わるので一番電力がとれる点が変わるということです。日射条件が変わってもピークで発電するようにコントロールしていかなければならない。それで考えたのは1秒間に1回スキャンして最大電力点を見つけることです。そうすると雲や何かで条件が変わっても、1秒間の間に関して言えば最大電力でできるという発明をして、これで実は特許を取ったのです。この方式でやると、大体14~15%発電量が増えるということを研究としてやったのですね。
太陽光発電の特徴は、何といっても保守が不要だということで、これが最大の利点です。ですから各家庭で設置しても全然問題ないのです。南向きで影がほとんど生じない場所に設置すると常時発電量に換算すると定格電力の12~10%を発電します。例えば、一般家庭の多くは3.5KWというのが一つのパターンですが、それは最大で発電した時が3.5KWのわけです。夜は発電しないし天気が悪いと発電しないから、1年間でならすと大体能力の10%、350Wの電気を常時使っても大丈夫ですということです。逆に言うとそれぐらいの量しか発電しなので、これが太陽光の弱いところです。それを挽回するためにはメガソーラーみたいに広い面積一面に太陽光発電を設置しなくてはいけないということです。広い面積がいる、これが太陽光発電のネックです。

風力発電
次に取り組んだのは小型の風力発電です。風力発電で何が一番難しいかというと、風は強かったり弱かったりといろいろ変化します。風が強い時プロペラを横へ向けないと壊れるのです。そのためのいろいろな方式を穂高岳山荘で苦労してやりましたけれど、一番いいのは極めて原始的な方法でした。穂高では大体岐阜県側から西風が吹きます。風が当たるところにベニヤ板を置いて、風が強くなるとベニヤ板が引っ張られ、それに紐がついていて紐がプロペラを引っ張り横へ向くのです。「極めて原始的な方法だがそれが一番いい、あまり変なハイテクを持ってくると後のメンテが大変だ」と今でもこれでオーナーはやってます。
私は、今お話しした穂高岳山荘の上高地をはさんで反対側にある蝶ヶ岳の小屋でも風力発電を設置しました。けれどこれがなかなか大変でした。一番いい条件で600W発電する計画でしたが、小屋のトイレの20Wの白熱電球1個しか使えない。山の上なら風が来るからいいと思いますけれど、そのくらいしか発電しないのです。何が難しいかというと、風が一定じゃないということもあるのですけれど、羽根に対して風が直角に当たらないといけないのです。ここでも西風が吹くので小屋の前に出したいのですけれど、前は登山道があるから危なくてだめなのです。登山道から引っ込んだ場所へ持って来ると、風がみんなフーッと上へ抜けていって効率が良くない。今でも一応やっていますけれど、あまり効果を発揮しないとうことが分かりました。
これはある業者が設置した仙丈小屋の話しですが、バイオトイレがあり、それをある程度温めるためにヒーターとして太陽光と小型風力をハイブリッドで使っているのです。ところが、風力はほとんど働きません。何故なら後ろに建物があって、風がいくら来ても風が通り抜けずに乱れてしまい全然発電しない。原理的にももう無理です。建物が近くにあるとお互い干渉し会ってほとんど発電しないのです。データを聞いたら2~3%しか発電しないということでした。それじゃ建物の屋根の上に設置したからいいじゃないということですが、裏に森があって風が通り抜けないのでこれも全然だめです。こういうふうにして、小型の風力発電というのは地形の影響をものすごく受けるのです。私も大学で実験しましたが、建物がちょっと横にあるともう全然だめなのです。
かつて「回らないつくば市の風車」ということで有名になりましたが、こういう小型の風力発電をつくば市の小中学校に設置したのですね。理系の先生じゃなかったと思いますけれど、早稲田の先生が発電量を予測したのです。ところがその10%どころか数%しか発電しないというので、つくば市が損害賠償を要求して裁判になったのです。一審ではつくば市が3割で早稲田が7割の判決だったのですけれど、二審では逆になって最高裁も二審を支持しました。つくば市も風力発電に対して知見を持っていなかったという責任を問われたわけです。
どうしてそんなことになるかというと、今は各地に大型の風力発電がありますね。あれは地上から大体50mくらいの高さにあって、そこで回っているのです。そのくらい高いと地形の影響をほとんど受けない。そうすると、国が作っている風強マップというのがちゃんとあって、それで計算すると大体予測通りに発電し採算ベースに乗るのです。ただ、これもまた問題が多くて難しくなっているのですけれど、これは後でお話します。
一方、低い所では回りに木だとか建物とかがあるとその影響を受け、その風強マップをもとに計算しても全然合わないのです。それは私たちから見たらごく当たり前の話なのですね。このように裁判になるくらい小型の風力発電は難しいのです。ですから、家庭で太陽光発電はよく見ますけれど、小型の風力発電を家庭で設置してるというのは恐らくほとんど見ない。ですから私も今はほとんどやっていません。

私は今、秋田県のにかほ市という所で垂直軸の風車を使った風力発電の実験をしています。垂直軸は風の向きがどこから来ても大丈夫だというのが特徴ですけれど、これを南極に持っていこうということなのです。南極では風力発電は非常に有効なのです。どうしてかというと、今「しらせ」は南極に向かっていますけれど「しらせ」の運ぶ荷物の大体2/3は燃料油です。油と食料はもう命の綱ですから。他にいろいろな設備があって、研究のための設備というのは5%くらいしか積めないのです。もうこれ以上油を積むことはできないので、南極でも自然エネルギーを積極的にやろうということなのです。今私がその責任者をやっているのですけれど、南極では多分風力発電が優秀な力を発揮するだろうという見通しでいます。にかほ市で実験しているのは1基20KWですけれど、これを南極で5基設置していく計画です。
先ほどの大型の風力発電の問題ですけれど、一つには発電量の変化が激しいことです。一定の風というのはめったに吹かないから当然ですけれど、発電量が多くなると電力系統が維持できなくなります。維持できなくなると停電が起こるということです。それを防ぐためにはバッテリーで貯蔵するしかないのですけれど、容量に限界があります。
さらに、最近は騒音、電波障害、景観、動植物等の環境問題が非常に多くなってきました。動植物というのは渡り鳥のバードストライクですね、これがけっこう多いのです。それから山の中に設置しようとすると、そのために幅4mの道路を取り付けなくてはならない。いくらエネルギーは自然に優しくても設置するのが自然破壊じゃ困りますよ、という指摘があります。また、最近大きな問題になっているのが超低周波振動です。羽根が回ると0.5から1サイクルくらいの超低周波の振動がズーッと地面を伝わるのです。これは人間がものすごく不快感を感じるということで、これも問題になっています。そのため、ヨーロッパでよくやられているのですけれど、最近は海上に設置する、そういう時代になってきたのです。
ということで風力発電に対する私見を述べますと、コストを追求すると大型化になる。大型化すると環境問題も複雑化して、設置場所が洋上とかに限定されてくる。小型風力は一見環境に優しいけれど能力を発揮しない。山岳地域では保守も含めて問題が多くて普及は望めない。八ヶ岳でも若干やっている所がありますけれど、砂なんかが飛んできますので大体2年から3年くらいで羽根を交換しないと駄目なくらい傷むのです。そういう意味でも非常に難しい。せめて南極でこれから本格的にやっていこう。南極では建物からかなり離れた所に設置しますので音の問題もありません。そういう段階です。

小水力発電
次に取り組んだのは小水力発電です。小水力発電は沢の水を引き込んでタンクに貯めて、そこからパイプを通して落とし発電します。発電後の水は飲料水でも使えるしまた元の川へ戻します。上高地の上流、梓川に注ぐ沢に発電小屋を建て1KWの発電機を設置しました。小さいものですが、水力発電は1KWだと常時1KW発電します。さっき言ったように太陽光は大体10%しか働かないわけですから、太陽光発電に置き換えると10KWに相当する。設備の利用率が非常に良いというのが水力発電の一番の魅力なのです。小さな350W程度の発電機で定員が50~60人の山小屋を十分賄えるのです。
これはもう15年前に私がやったのですけれど、お椀のような形をしたベルトン水車というのを使った非常にシンプルな構造です。当時は見学者が非常に多かったのですけれど、今ではもう少し規模が大きい小水力を各地でやり始めています。皆さんご存知ないかもしれないけれど、農業用水とか下水道とかいろいろな水を使ってやっています。岐阜県は特に熱心で、そういう小水力の協議会があります。私も全国の協議会の理事をやってますけれど、そういうことで水力は今元気な状態にあります。
水力では落ち葉だとか砂だとかの異物が入るのを防ぐのが技術的に一番難しいのです。何も対策をしないと、落ち葉が皆タンクに入るので大変なのです。上高地の小水力ではパイプの上をバーベキュー用のネットで囲っています。落ち葉が貯まるとだめなようですけれど、実はネットは下からちゃんと入るようになっているのです。これで1年間ほとんどメンテナンスをやらなくて済みますけれど、うちの学生がこういう方式を開発したのです。
私は水力発電で一番勉強したのは、発電機とバッテリーの間の問題です。太陽光は特にそうですけれど、水力発電でもインバーターで直流から交流に変換してバッテリーで貯めるのです。バッテリーというのは充電しすぎても放電しすぎてもだめで、ある範囲内でしか使えないのです。電圧もある範囲で電流もある範囲で使わないとだめなのです。山小屋では負荷をいっぱい使ったりあるいはほとんど使わない時があるので、いつもバッテリーを監視して守ってやらなければならない。それをマイコンを使って負荷を制御する装置を作ったのです。ある範囲から飛び出ると負荷の制御装置が働いて保護してやるのです。バッテリーが「もう電気が足らなくなってくるよ」と言うと、優先度の低い所から負荷を切るのです。大震災の後東京などで計画停電をやりましたけれど、計画停電をすると全部電気を落とさなくてはならない。山小屋ではそれでは困るので優先順位をつけて、片方は冷蔵庫だとか通信、照明だとかの重要な器機の系統、片方は炊飯器とかポットとか時間を特定しなくていい優先度の低い器機の系統に分けて制御をするという装置を開発したのです。これは山小屋で非常に喜ばれました。実は今日の最後に出てくる結論は、こういうことを平地でもやらなくてはいけない時代に今後なっていくであろうということなのです。
小水力発電の長所は、流量が確保できたら常時安定した発電を得ることが期待できることです。短所は立地条件が限られるし落ち葉や砂などの対策が必要、それから大水に対する対応が必要だということです。山小屋では管理人がいますので、大水になろうとすると発電を止めてバイパスで水を流してダウンさせます。今後の展望ですけれど、商用電源との連携により効果が高まることが期待されますけれど、これは現にもう始まっています。価格設定がきわめて重要ですけれど、これも割合いい値段で出来そうなので今後増える可能性が大だということです。電力貯蔵は今はバッテリーが中心ですけれど、マイクログリッドという方法もあります。これは後で話しますけれど、そういう中核になり得ると思います。
最後に小水力発電の最大の課題は水利権というややこしい問題があることです。水に対して必ず水利権が設定されていて、それをどうクリアするかが問題です。農業用水には農地改良組合とかという団体がちゃんとあるのです。そこが自らやるときは大丈夫ですけれど、一般の人がやる場合にはその水利権をクリアするのが非常に難しい。さらに、水利権がきちっと確定している場合は水利権を買うかお金を払って使う権利をとれば法的に問題ないからいいですけれど、慣行水利権というのがあってこれが一番難しい。そういう水利権は法的に設定されていないけれど、昔からの慣行でこの水は我々が農業で使うのだとかいうのが多いのです。そういう水は手がつけられません。そういう水利権という難しい問題が水力発電にはあるということです。

14-2.講演会2

日本のエネルギーの現状と課題
次に、私が携わってきた太陽光、風力、小水力の三つを通して、日本のエネルギーの現状と課題ということをお話させていただきます。日本の発電の割合ですけれど、大震災により福島の事故が起きる前の10年くらいは大体原子力が30%、火力が2/3、水力が7~8%というところでした。再生可能エネルギーとか自然エネルギーとかはその当時から言われていました。その定義は厳密には違うのですけれど、ほとんど同じことで全体の0.7%しかなかったのです。その0.7%の内訳を見るとバイオマス発電が約半分。このバイオマスというのは自治体がゴミ処理をした熱を発電に使っているのが大部分で多いのです。それから大型の風力発電。これはコスト的に合うので多かったのです。太陽光は今でこそ注目を浴びてますけれど、全体で見ると0.7%の中のなおかつ10%くらいしかなかった。これが2007年の時の割合だったのです。
それが大震災後の2012年では、原子力は1基だけ半年くらい生きていたので1.7%。原子力で不足した部分を火力が補っています。その大部分は液化天然ガスで石炭もけっこう頑張っています。石炭と言うと戦後の古い話で、日本ではもう石炭を掘っていないから本当にこんなにあるの、と疑問に思われるかも知れませんけれど全て輸入です。輸入先は大体オーストラリアとか中国ですけれど、コスト的に割合いいのです。水力の割合はほとんど変わらない。そして再生可能エネルギーが0.7%だったのが2012年度で1.6%に伸びたということなのです。あれだけはやしたててやっても全体から見るとこの程度なのですね。水力と合わせて大体10%、国の政策としては今後20%まで増やそうとしていますけれど、うまくいくかどうか危ないところです。
再生可能エネルギーの中でさっき言いましたように太陽光発電は非常に少なかったのですけれど、2012年から急激に増えてます。それに対して風力発電はここまではグーっと伸びたけれど、以後ほとんど変わっていません。地熱発電もほとんど変わってない。バイオマス発電も若干増えていますけどそう大きく変わっていません。そうすると、再生可能エネルギーがこういうふうに伸びてきた大部分は太陽光発電が増えたからだということがお分かりいただけると思います。
外国の再生可能エネルギーの状況をみると、統計の年が違うので一概に言えないのですけれど、日本の1.6%に対しドイツは14.7%、スペインは18.5%、イギリスは6.2%、アメリカでも4.4%です。どうして日本はこんなに少なくヨーロッパはこんなに再生可能エネルギーが使えるかというのがポイントなのです。これは今まさに問題になっていますけれど、日本は送電網が非常に弱いのです。その理由は、東日本は50ヘルツで西日本は60ヘルツと中部地方の東で二分されている。その境界に3か所変換所がありますけれど、変換電力量が非常に限られているのです。それから北海道とか四国とか九州という島の問題があるのです。関門海峡とかにケーブルは通っていますけれど、1本か2本しかないのです。そういう島の電力の系統はものすごく弱いのです。今本当に強いのは東京電力と東北電力の地域と中部電力と関西電力の地域だけなのです。
一方、ドイツやスペインがなぜ強いかというと、ヨーロッパでは国を超えて送電線がメッシュ状に走ってます。それでそれぞれの国で持っている電力の強いところを生かすことが出来るのです。例えばフランスなら原子力、北の方スウェーデンあたりの地域は水力発電が強い。水力とか原子力は常時安定して発電してくれるから、そこに少々不安定要因のある自然エネルギーを持ってきても大丈夫ということなのです。ドイツは原子力を止めて自然エネルギーを増やしており、スペインもそういう政策にだんだんなっていますけれど、それが出来るのです。ドイツは海上に設置する洋上風力発電が主力で、太陽光もドイツやスペインでどんどん増えています。こういうふうにしてヨーロッパは再生可能エネルギーは非常に普及が進んでいますけれど、日本はまだまだ低いということです。日本はそのベースが弱いところに不安定要素の多い再生可能エネルギーを持ってくるからいろいろな問題が起きてきます。今まさに新聞紙上を賑わしている買取価格をどうするかという問題が出てきていますね。そこがヨーロッパと全然状況が違うところなのです。

固定買取り制度と電気料金
太陽光発電が2009年11月から固定買取り制度をやっています。これは家庭とかメガソーラで発電した電気を送電線につないで電力会社に送ります。これを一般の消費者が使うわけで一般の消費者は賦課金を電力会社に払う。それで電力会社は事業者に固定価格で支払うという制度です。最初10KW未満いわゆる家庭用が48円で10KW以上が24円だったのです。それで家庭用はグーンと増えたのですけれど、1KW24円では買う電気と売る電気がほとんど同じ単価なのでメガソーラーはあまり出来なかったのです。もっと普及を進めようということでそちらの値段を上げて、家庭用は普及が進んできたので少しづつ下げてきたのです。
実は、私はちょうど2009年に家を立て替えたものですから、そこで太陽光発電を設置して48円で契約出来たのです。10年間48円で買い取ってくれるという非常にありがたい制度です。私は家の電気の売買のデータをとってきました。1月2月は暖房を使うので買った方が多いのですけれど、3月から11月までズーッと売った料金の方がはるかに多いのです。48円の単価だから余計そうなるのですけれど、これだと3.5KWの設備費を5年で回収できるという計算ができます。
この買い取った価格を賦課金と言っているのですけれど、買い取った分は電気料金に賦課金を上乗せしていますから国民全体が負担してるわけです。その賦課金が最初は20円とか21円だったからそんなに目立たなかったのですけれど、最近はこれが200円以上になってしまいちょっと問題になっています。太陽光発電をやりたくても出来ないのに賦課金だけどんどん来るというような問題が出てきたのです。今年5月に電気料金が大幅値上げされたのですけれど、再生可能エネルギーの余剰電力を買い取った分を還元する分が225円です。毎月皆さん225円払っているのです。それを今後どうするかというのが問題です。電力会社によって若干違いますけども、消費税も上がって全体として430円値上げという状態です。
家庭用の買取り価格はさっき言ったように48円で出発したのですけれど、これが2013年度は38円になります。24円だった10KW以上のメガソーラーを、もっと普及させようというので38円に設定したのです。これなら儲かるということで、いろいろな業者がやり始めてメガソーラーが非常に普及していったわけですけれど、それが問題になり2014年度は買取り価格を下げて、太陽光は38円だったのが37円、大型のものも36円から32円に減っています。何故問題になったかというと、価格の高い時に契約だけしておいて工事は後からゆっくりやろう。価格は20年間保証されており、設備費は時間と共にだんだん安くなる傾向にあるから、もう少し待ったほうがより儲かる、というような計算をするわけです。ですから買取枠は急激に増えたけれど、実際の発電量はあまり増えていないのです。電力会社は契約がこれだけあるからそれだけ電気が来るということを前提にしてシステムを組むのですけれど、実際には太陽光の電気が予想通り来ない。システムがうまく働かないと停電が起きる恐れがありますからもう契約はできませんよ、ということで今新聞紙上を賑わしているのです。

コスト的に見るとどうなのかというと、設置条件によって変わるから一概に言えないのですけれど、住宅用の太陽光発電は今の36円とか32~33円ですと大体トントンで設備費が回収できるかなというところです。メガソーラーは36円ですとかなり有利です。小型の風力発電は55円ですごいいい値段ですけれど、さっき言ったように難しいからやる人はいないのです。大型の風力発電は22円ですから10~15%稼働すれば採算が合うと言われてえます。昔はずいぶんよかったと思いますけれど、環境問題なんかがあって認可がなかなか取れない。小水力発電は原価は20円くらいで買い取り価格は今30円ですからこれはかなり有利です。そういうふうな状態になっています。ちなみに、原子力は大体10円前後ということです。ただ計算のやり方はいろいろ難しく、地域住民に対する対策費だとかいうのが入っていない純然たる発電価格ですので、一概にこの数字で比較するのはちょっと乱暴だとは思います。
家庭用の電気料金は最近どういうふうになってるかというと、以前は大学で授業をしている時「日本は電気料金が世界一高い」と言ってればすんだのです。ところが最近は電力の自由化が進んで、かなり中位になっています。逆にデンマークとかドイツ、イタリアなんかがかなり高くなっていますし、スペインも高くなっている。それは採算的にあまり合わない再生可能エネルギーを積極的に導入しているためで、どうしてもコスト的には高くなるということを示しています。韓国は今でも一番安いのですけれど、今原子力なんかが問題になっています。アメリカはかなり安いです。どうしてかというと電力に税金がかからないのです。日本は消費税も含めてしっかり税金がかかっていますが、アメリカは税金かからないので安いのです。
産業用で見ると、昔は日本はダントツに高かったのですけれど、今はイタリアが1位です。日本が高いと言っても1KWあたり15円です。家庭用は24円ですから大規模な所は安く小さな所は高くということです。日本の電力会社はほとんど家庭用で儲けてるとよく言いますけれど、15円と24円はでは全然違いますよね。

エネルギー問題の今後
エネルギー問題の対応策ですけれど、家庭レベルでの取り組みとなると、最近あまり言わなくなりましたけれど、まず節電を徹底することです。省エネとしては、技術革新により非常に進んだ省エネ機器を積極的に導入する。それから創エネ、これは主に太陽光ですね。蓄エネとしては今後電気自動車を有効利用して、夜間安い電気料金で充電して昼間使わない時は余剰電力を電力会社に戻す、というような有効利用が考えられます。
システムとしてどういうふうにやるかというと、家庭単位ではスマートハウスと言いますけれど、これを導入して全体のエネルギーをコントロールするような仕組みを作らないとだめだと思います。更に進んで地域でエネルギーをシステム化することをスマートグリッドと言います。本当はマイクログリッドと言い今でも学会ではそう言っていますけれど、オバマ大統領がスマートグリッドと言い出したので日本ではそう言っています。これはエネルギーは地産地消が基本であり、あるエリアでエネルギーを地産地消してどうしても過不足がある時は電力会社とつなごう、ということを地域としてやっていこうという考えです。ですからある程度大きい範囲が必要で、発電としてはメガソーラーと小水力発電が中核になると思います。そして全体をマネージメントして整備し、過不足分を電力会社と売り買いするということです。
まず家庭でスマートハウスをやって、次は地域でスマートグリッドというふうに将来的には進んで行くと思います。その場合にIT通信情報技術を導入した制御をやっていこうということで、今うちの大学が日本で唯一の認証機関になっていますけれど、スマートハウスの具体化としてスマートメーターというのが今後普及していきます。今は各家庭に電力量計がついていますけれど、今後10年間で全部スマートメーターに切り替えるという計画なのです。
スマートメーターは何が違うかというと、そこに光ファイバーが入っている。その光ファイバーの通信回線を使って、家庭内の電気をコントロールできるし電力会社へのコントロールもできるという仕組みです。具体的にどんな利点があるかというと、今は月に1回電気料金を検針に来ますけれど、あれがもういらなくなってしまう。光ファイバーの通信回線を通して電力会社が確認すれば料金が決定できるのです。
さらに電力会社側から考えると、将来万一電力が足らなくなった場合、今回の大震災の時のような計画停電、地域ごとに全面的に停電するというようなやり方はやらなくてすみます。電力量が80%しか無いから各家庭にも80%しか供給しませんよ、80%の中でどう使うかは各家庭で優先順位をつけて決めてください、ということも出来るようになります。
家庭の側では、エアコンとかの機器をエコネットという規格に合ったものにしないといけませんけれど、外からでも全部コントロール出来るようになります。例えば岐阜駅に着いて後10分後に家に着く。今日は寒いからそれまでに部屋を暖かくしたいと思えば、スマートフォンなんかをポンと押すと暖房器具が動き出す。それから、外出した時に「今日ひょっとしたら電気消すの忘れたかもしれない」というような不安になることがありますよね。そういうのも全部スマートフォンを使うと光ファイバー通信経由で全部チェックしてくれる。そういうふうに、いろいろな使い方ができるのです。
このスマートメーターは今ちょっと遅れていますけれど、もうそろそろ東京電力が販売を始めます。それが出てくるとまたいろいろな状況が変わってきて、これがこれからの電気の使い方の恐らく主体になると思います。それはまさに私が山小屋でずっと経験してきたこととまったく同じことなので、そういう時代になったというのが今日の私の結論なのです。
山小屋では節電は本当によく従業員に徹底されており、省エネも徹底されています。LEDなんかの省エネ機器は売り出した頃から山小屋では積極的に導入しています。創エネは太陽光発電を導入し、蓄エネはバッテリーを使用している。ただバッテリーはコストがものすごく高いけれど寿命はそう長くない、山小屋では大変これに苦労しています。一昨年講演された穂苅さんの槍ヶ岳山荘では、恐らく年間1千万くらいバッテリーにお金を使っていると思います。さっき話したスマートハウスの概念は、経験則で実際に山小屋では昔からやっているのです。平地で現在やっていることは山小屋ではすでに実践済みなのです。それで山小屋から学ぶことが多いというのが私の経験です。以上でこの話は終わります。

「山の日」の話
最後に「山の日」の話をします。「山の日」の成立と今後の活動ということで、皆さんもうご存知のように「山の日」が制定された歴史をちょっとお話させていただきます。
「山の日」の制定運動は2002年に国連が定めた国際山岳年が始まりです。日本でもいろいろな行事をやりましたけれど、その総括として日本に「山の日」を制定しようという提案があったのです。ただし、これは祝日ではなくて単に「山の日」を制定しようという提案だったのです。ところが、これがなかなかうまくいかず提案は潰れてしまいました。山岳団体の動きが鈍く、大きな活動にならなかったのです。実は、日本山岳会も全然積極的に動きませんでした。
新しい動きはそれから7年後の2009年、日本山岳会の当時の宮下会長が年頭の会報で「山の日」制定運動を提案しました。それで日本山岳会では「山の日」のプロジェクトチームを作って取り組むことになったのです。その根底に宮下会長が言っているのは、100周年の記念事業で中央分水嶺踏査という一大イベントをやりました。北海道から九州までの日本の中央分水嶺を千人ぐらいの会員で全部踏査したのですね。それによって裾野がうんと広がったのです。それを踏まえて、もっと裾野を広げるために「山の日」というのを制定しようということを提案されたのです。中央分水嶺踏査の時に私はたまたま事務局長をやっていたものですから、そういうご縁もあって私も活動に参加することになりました。
まず2012年の4月に、日本山岳会や日本山岳協会といった有力な山岳5団体で協議会を発足させました。そして、パンフレットの配布などの運動を地道に展開していましたけれど、その年の秋頃に国会議員による「山の日」制定の呼びかけが始まったのです。そしらた選挙の直前だったためか100人近くの議員がワーッと賛同したのです。そして、2013年4月20日に超党派の「山の日」制定議員連盟が発足しました。
一方、国民運動も展開していかないといけないというので「全国山の日制定協議会」が発足しました。これは山岳団体だけでくて、地方自治体の人とか産業界の人とかはもちろん、国会議員の一部の人も入るという形で、議員連盟と車の両輪でやっていこうということになりました。「全国山の日制定協議会」の会長が今自民党の幹事長をやってる谷垣さんです。谷垣さんは東大山岳部の優秀な方で、日本山岳会の会員でもあります。谷垣さんが中心で、その下の副会長が今日みえている尾上前日本山岳会会長ということなのです
国会における審議は、2013年11月22日の国会議連13回総会で「山の日」を8月11日にするということを決定します。これにも紆余曲折がありまして、山岳5団体は6月の第一月曜日、ちょうど夏山に入る前の一番いい時を「山の日」にしようと決議したのですけれど、国会議員の手にわたるとそういう話はどこかへ行ってしまうのです。何故かというと、「日本は祝日が多過ぎる。その上に更に祝日を増やすのは反対だ」との声が経済界から上がり、「それだったらお盆の頃なら実害が少ないだろう」ということで、お盆が13日から16日ですから「8月12日にしよう」と最初は決まったのです。ところがそう決めた途端に、ご存知のように8月12日は日航機の墜落事故があった日ですので、群馬県知事なんかは「その日を祝日にするなんてとんでもない」という話になりました。国会議員の方はいい意味で柔軟性がありますから、「それじゃあ1日前にしよう」ということで8月11日になったのです。
もう理念も何もなくて私たちにはよく理解出来ないのですけれど、まあそういうことで8月11日にしようという案を3月28日に議員立法として衆議院に提出しました。国会というのは議案が出てもいろいろもめるじゃないですか。私なんかもそんな簡単にはいかないなと思っていたのですけれど、トントントンと進んで3月28日に提出して4月23日に衆議院の内閣委員会、28日に衆議院の本会議、連休明けの5月21日に参議院の内閣委員会、23日に参議院の本会議を通過したのです。国会議員もやる気になれば簡単に出来るじゃないかということなのですけれど、これには本当に驚きましたね。こういうことで国会を通過して、再来年から8月11日が祝日「山の日」ということに決まったわけです。衆議院は票が読めない起立多数ですけれど、参議院は賛成213反対15でした。反対はどこだったかの二つの会派が自主投票にしたため党議拘束をかけなかったのでこれくらい反対があったのです。

その後の動きですけれど、それまで「全国山の日制定協議会」だったのですけれど制定されてしまったので5月28日に「制定」を取って「全国山の日協議会」としてスタートしました。もちろん谷垣さんがそのまま会長でやっています。そして国民運動を展開しようと各地で記念フォーラムなんかをやっていますけれど、各都道府県には今までのいきさつがあるので何も8月11日にこだわらないで運動を展開しています。例えば国連の国際山の日は12月11日です。各都道府県によってもいろいろ違い、例えば岐阜県は8月8日を「岐阜山の日」として活動している。それぞれ今までのいきさつがあるので、これはこれで各都道府県のやってることを尊重して行こうという姿勢です。
「山に親しみ山の恵みに感謝する」というのを大きなキーワードとして、チラシを作って配布して「山の日」の意義をアピールする活動をやったりしています。上高地で今年8月11日にプレ・プレイベントとしてやったのですが、その日は大雨で、バスターミナルの所でちょっとチラシを配っただけで終わりました。岐阜県側でもその日に西穂山荘の前で揺りましたけれど、やはり天気が悪くて大変でした。お隣の東海支部は夏山フェスタということで新聞社と組んでやって、初日は3850人、2日目は2800人、合計6650人というものすごく大勢の方が来ていただいた。これが今後一つの指針になって、全国でこういうことをやろうじゃないかという動きも多分出てくるのではないかと思います。
今後どういう展開になっていくか分かりませんけれど、いろいろ話しが進んでいます。作曲家の船村徹さん、この方も日本山岳会の会員ですけれど、今「山の日協議会」の顧問になってもらっていますがものすごく熱心です。「山の日」の歌を作ろう、作曲は俺が引き受けてやるよとおっしゃっています。それで新聞などで歌詞を公募したらどうかという動きもあるのです。これからどういうふうにやっていくかが課題です。日本山岳会でも検討しなくてはいけないし、岐阜支部の皆さんにもいろいろお願いに上がると思います。以上で一応私の話は終わらせていただきます。どうもご清聴ありがとうございました。(拍手)

Q&A
Q:槍ヶ岳山荘も小水力をやっているのですが、槍沢とかの国立公園内の水利権はどうなっ  ていますか。
A:先ほど、今から15年くらい前に上高地で小水力発電やったという話をしました。これは
技術的にはそう難しくないのですけれど、行政関係の許認可を得るのが大変だったのです。まず国立公園の中ですから環境庁、特別天然記念物の指定地域なので文化庁、土地は林野庁、水は一級河川の梓川の枝沢から取るというので当時の建設省、現国土交通省。それ等への書類は全部、地元の今は松本市になっている当時の安曇村を通して長野県、そして本庁へいくのですね。全部許可を取るのに3年かかりました。
その中で今お話のあった水利権が一番難しかった。建設省へ行くと「それは難しいね」とけんもほろろ。ところがもう時効だから言っていいと思うのですけれど、日本山岳会というのはやはり有力な方がいっぱいいるのですね。そういう方に相談してみたら「そうか、ある人を紹介してやるから」と紹介してもらって、その当時の建設省の局長さんに会いに行ったのです。そしたら「やろうとしていることはいいことなのはよく分かる。だけど法律というのはいろいろ難しいんだよ。ちょっと時間をくれ」ということでした。 その局長さんは実に理解のある方で、せっかく環境にやさしいいいことをやるんだから何とかしようとして新しくルールを作ってくれたのです。というのは「一級河川の枝沢だから権利は建設省が持ってるけれど実際の管理は地元の市町村がやってる。だから地元の市町村がいいと言えばいいことにしよう」という新しいルールを作ってくれた。その上流にその水を使ってる人がいなければ、地元の市町村がOKすればいいですよというルールを新しく作ってくれたのです。それが今でも適用されていろいろな所でOKになっています。それは一級河川の話ですね。
さっき言った槍沢ロッジもやっているのですけれどこれは水利権無しです。なぜかというと湧水でやってるからで、自分の土地の中の湧水だからこれは水利権無いですよね。 奥多摩の三条の湯というのは東京都の水道局が管理しており東京都民の水がめになっている。そこに頼みに行ったら「そういう環境問題に役立つなら小屋もきれいになるしいいですよ」ということで、その頃になると理解がだいぶ進んできたのですね。やはり最初は大変でした。
Q:木曽川など一級河川でも、上流部でその上をだれも使っていない所を探せば大丈夫とい  うことになりますか。
A:私がそれを決めるわけではありませんけれど、そういう事例がありますよというお話を  されれば、十分可能性はあると思います。
Q:我が家では13年前にソーラーをつけたのですが、発電量がどんどん減っていくのですね。  やはり古くなったということでしょうか。寿命年数は大体どのくらいでしょうか。
A:穂高岳山荘で30年前に設置した太陽光発電はその後蝶ヶ岳の小屋に移して今でも発電し  ていますけれど、発電量は全然落ちていません。ちょっと専門的な話になりますけれど、  太陽光発電も時代とともに変わってきています。一番最初の頃はシリコンの単結晶とい  うタイプで、宇宙開発にも使うものすごくいいものですけれど、その代わり値段も高い。  それは今でも大丈夫です。その後にいろいろ新しいタイプが出てきており、一応10年と  いうことになっています。けれど、それは法定年数ですからもっと長持ちするのは当然  で、13年くらいで衰えるのはちょっと巡り合せが悪かったのかな(笑)。
どこのメーカーか知りませんけれど、外国のメーカー品ですごく安いのがあります。  某国の製造工場を案内されたことがあったのですけれど、クリーンルームの管理なんか  いい加減なもので、破片をほうきで掃いているのですね。それを見るとやはり信用でき  ないなと思いました。安ければいいというものではないということを改めて実感したわ  けです。国の名前は申しませんが、大体皆さんお分かりいただいたと思います(笑)。
Q:太陽光パネルの表面は掃除しなくてもいいのですか。汚れがちょっと気になります。
A:掃除をすれば若干もちますけれど、ほとんど効果は変わりません。ある国の研究機関で  一方は毎日掃除して一方はやらないのを比較したのですけれど、ほとんど差が無いので  す(笑)。あるメーカーの特許なのですけれど、最近はパネルの縁がゴミをちゃんと受  けるようになっていて雨が降るとそこから砂なんかが落ちていくように出来ている。こ  れはものすごく素晴らしい発想です。ですから、一生懸命磨いてやるよりはやはり自然  が一番いいみたいです。(拍手)

14-3.講演会、集合写真

平成26年11月14日 講演

12月例会山行 御殿山(559m 三角点なし)、平木山 (544.4m 三等三角点)

御殿山(559m 三角点なし)、平木山 (544.4m 三等三角点)

美濃加茂の山へようこそ!のはずだったが、寒波襲来で生憎の雪中山行となった。9時に待ち合わせ場所に集まった本日の参加者12名は、右手に6月例会で登った富士山を眺めながら一路北へ進む。三和町に入り廿屋川に沿って上廿屋に至り、そこから水無瀬林道を上る。晴れなれば行く手に平木山、天吹山、御殿山と連なる稜線を望める筈であるが、今日は厚い雲がかかっている。林道を左折した所にある白山神社登山口に駐車する。

10-1.御殿山▲御殿山頂上で参加者一同
10時出発。鳥居を潜り石段を登る。山道に入り20分で治田洞からの奥山自然歩道との出合い標識を左折、上りが続く。このあたりは落ち葉が積もり、その上に雪という滑りの二重奏である。やがて、空も明るくなり御殿山山系の稜線に出る。東に天吹山、平木山に通ずる分岐点で、西へ100mが『美濃の山』に書かれているお拝殿、机には新雪が2㎝ほど乗っかっていた。拝殿の右手に石段が上に延び、その先に白山神社奥宮が鎮座まします。拝礼の後山頂で万歳三唱、会旗を囲んで記念撮影の後平木山に向かう。
昭和52年に奥山自然歩道の整備が始まった時に、市の山岳会が縦走路を受け持った。私も参加したことを思い出しながらの歩みである。

10-2.平木山

標高538mの天吹山を越え、反射板が見えてきて平木山に到着。三等三角点の山であるが、山頂は御殿山の方が威容がある。昼食を摂り記念撮影をした後、来た道を引き返す。雪は降り続いている。晴れなれば白山や噴煙を上げる御嶽山、それに北アルプスの山々が望める所である。稜線を歩きながら見上げると雪の白と松の緑のコントラストが美しい。時折雪が舞う「ひかげつつじ」の群生地を通り、御殿山直下の分岐点(500m)から下山し登山口に着く。
無事に帰り着いたが、途中何度転びその都度助け起こされたことか判らない。鞭打てど進まず、もどかしい自分に腹が立つ。老体にはきつい山旅でした。       [影山英雄 記]

[日 時] 平成26年12月14日(日)                     [場 所] 岐阜県美濃加茂市三和町上廿屋、治田洞                 [参加者] 今峰正利、影山英雄、影山千代子、神山敬三、後藤 允、佐藤正雄、白木貞次、      白木しづゑ、竹中美幸、竹中佳美、長屋桂子、林 靖子          [タイム] 「みのかも健康の森」高木山東駐車場9:00=白山神社駐車場登山口10:00―御      殿山11:10~11:20―天吹山-平木山(昼食)12:10~12:45―天吹山-下山道分      岐13:30―白山神社駐車場14:00(解散)
[地 図] 1/20万;飯田   1/5万;金山   1/2.5万;上麻生

11月 バリエーション山行 オ ゾ ウ ゾ 山 (1085.2m 三等三角点)

オ ゾ ウ ゾ 山 (1085.2m 三等三角点)

09-1.オゾウゾ山に登る▲ブナの疎林の中を登る
オゾウゾ山は白川村の北端にあり、すぐ北側に秘境五箇山が接している。国道156号線を北上し、合掌大橋を渡った先のトンネルを抜けすぐ右折、旧道を成出ダム管理棟の駐車場に乗り入れた。登り口は旧道を少し戻った送電線巡視路の黄色い道標。少し上がればすぐ尾根上に出る。紅葉は既に終盤、枝越しに対岸の山の黄葉が綺麗だ。今シーズン一番の寒波が来た直後で、中腹より上は雪景色。谷間には霧がたなびき、雲間に青空まで出てきて、いわゆる三段紅葉、いや四段か? 尾根道は胸を突くほどの急登、おまけに濡れ落葉と中途半端な雪が重なりスベリそうで気が抜けない。
4つ目の鉄塔から15分程で巡視路は尾根を外れ下方へ、我々は登ってきた尾根と巡視路の下降点となる小尾根の間の僅かな凹みに薄い藪を見つけ突入。この辺りで積雪は10㎝程度。中途半端に寝た根曲り竹をかき分け踏みつけ進むが、藪は濃密でなく助かった。尾根が狭まると勾配も緩くなり周りを見回す余裕ができる。木に葉は無くなり雪白ですっかり冬山になっていた。ほとんど勾配が  無くなり笹を分けると一気に視界が開け、頂上に飛び出した。

09-2.オゾウゾ山集合写真▲青空と新雪の頂上で参加者一同
山頂は直径5mほどが切り払われており、南から西にかけ開けていた。三方岩岳、白山、笈ヶ岳、大笠山、大門山へと冬の装いをした展望が広がる。積雪は20㎝程度、三角点は熊をデザインした山名板とともに埋もれていた。誰かが「(熊が)オソウゾ」と書いてあると。
この山はミズナラが多い。数年前にナラ枯れに襲われたらしく、「権現の森林」同様立ち枯れが目立った。ただその時期が「権現」より3年程後のようで、大量の山の幸に恵まれ帰り道は腕が痺れるほどの収穫を持ち帰ることができた。色々な意味で楽しい山行となった。
[神山敬三 記]

[日 時] 平成26年11月16日(日)
[場 所] 岐阜県大野郡白川村小白川
[参加者] 今峰正利、神山敬三、鈴木寛人、竹中美幸、林 靖子
[タイム]  成出ダム駐車場7:00-オゾウゾ山頂上9:30~10:20ー車止め12:00(解散)
[地 図] 1/20万;金沢   1/5万;下梨   1/2.5万;上梨、西赤尾

岩登り講習会 金華山・岩戸 11月2日(日)

登山技術研修

08-1.岩戸公園1 08-2.岩戸公園2

今回は前回の続編ということで、確保と懸垂下降を研修した。内容は、ハーネスのつけ方、カラビナの特徴(クライミングのHMS型の理由)、補助ロープに必要な太さ(7㎜以上)、基本的な支点の取り方、クローブヒッチ、セルフビレイ、メインロープのアンカーのとり方等から始め、確保訓練を行った。特に墜落者を確保するとき、確保者が壁にぶつからないための足の位置やセルフビレイの支点位置、ハーネスにかけるカラビナの順番、アンカーにとったスリングと確保者の距離など実際に経験してみなければわからないことを学んだ。タイヤを落としての確保訓練は、強い墜落衝撃力は得られなかったが、参加者は皆始めてということで、確保とはこういうものかという体験はできた。
確保訓練の次に懸垂下降の訓練を行った。懸垂下降は、現在では突風など突然の事態にそなえてオートブロックでバックアップをとるとのことであった。セルフビレイ、確保器のセット、オートブロックの確認、セルフビレイの解除と懸垂下降への第一歩といった一連の流れに皆手間取っていた。天候も悪く時間      ▲懸垂下降の訓練
が限られていたので懸垂下降は一回ずつしかできなかった。
各自、ロープの結び方など平時に出来るものは確実に出来るよう練習しておく必要があるだろう。今後例会山行などでも、ロープの結び方を確認したり、出来る場所では懸垂下降も実施していきたいと考えていますので準備をしておいてください。    [那須哲郎 記]

[日 時] 平成26年11月2日(日) 9時~14時
[場 所] 岐阜市金華山南 岩戸南壁
[参加者] 白木貞次、塚原考司、横田昭夫(以上講師)
今峰正利、加藤義弘、鈴木寛人、竹中美幸、竹中佳美、那須哲郎、和田裕子

自然観察会(自然保護委員会) 徳山富士(925.2m 三等三角点)-自然観察と地形図の読み方勉強会-

自然観察会(自然保護委員会)

徳山富士(925.2m 三等三角点)-自然観察と地形図の読み方勉強会-

06-7.徳山富士 06-8.徳山富士登山口(馬坂トンネル) 06-9.馬坂峠への急登

「山に学び、山で楽しみ、山の自然環境を考える」ということで、今年2回目の自然観察会を実施しました。9月18日11時に徳山会館に集合。まず、会館直上部の上谷山登山口付近でモミ林を中心に、ブナ林やシイ林との関係を気候条件から観察しました。ここでは林内に生育するシロモジとダンコウバイ、ミズナラとコナラ、ハイイヌガヤとチャボガヤ、クロモジとオオバクロモジ、ユズリハとエゾユズリハ等を材料にして、見分け方を学びました。
その後上谷山への歩道を歩きながら、路沿いに生育するツツジ類と開花する時期の違い等についての解説がありました。また、広い尾根上に浸蝕を受けて形成された窪地や枝尾根との関係を観察しながら、前回の観察会での復習をしました。観察をしながらの歩行のため予定の800m地点までは到達できず、午後3時に標高約700m付近でフィ-ルド・ワ-クを終了し、徳山会館への帰路につきました。
徳山会館では参加者からの差し入れや会館からの特別料理もあり、懇親会で楽しい一時を過ごした後、会館の屋上に出て秋の星座を観察しました。満天の星空で、散りばめられた星の中からアルタイルやデネブを見つけ出すのに手間取りましたが、徳山会館の中村館長からお借りした数台の双眼鏡とLEDペンライトのおかげで楽しむことができました。
翌19日は秋晴れの元、馬坂トンネル口から色づき始めた木々の中を徳山富士まで登りました。崖錐堆積物と固定ロープが設置された急斜面を旧馬坂峠まで登った後、旧根尾村との境界尾根を徳山富士へ向かいました。踏み跡ははっきりしているものの、地形図上には表現されない枝尾根が4箇所あり、前もってつけたテープが帰路の読図の復習に役立つことになりました。
初心者には困難なルートでしたが、幸い健脚者が揃っていたので短時間で到達しました。山頂での展望は良くなかったものの、北東面に伐り開きがあり日永岳方面が望めました。頂上から少し下がった所にある横山ダムが使用する無線中継塔の反射板まで移動し、早すぎる昼食をとった後、落葉広葉樹の葉の形状や識別ポイントについて復習しました。

帰路は馬坂峠の石碑を見学し、トンネル口で散会しました。
時間的に余裕が十分あったことから、希望者を募り徳山城趾へ赴き、地形を活用した曲輪跡や山城の造り方に想いを馳せました。ここでの自然観察は本郷望郷広場から「しろびや杉」に至る歩道沿いで、緑化に導入されたオニウシノケグサ・カモガヤ・オオアワガエリ等の牧草類や、侵入したヨウシュヤマゴボウ・ヒメジョオン・アメリカセンダングサその他の帰化植物について導入目的や来歴が紹介されました。両日共に天候に恵まれ初秋の山を楽しみました。                                       [西條好廸 記]
[日 時] 平成26年10月18日(土)、19日(日)
[場 所] 18日 岐阜県揖斐郡揖斐川町開田280-1「徳山会館」
19日 岐阜県揖斐郡揖斐川町徳山、岐阜県本巣市根尾大井 境
[参加者] 久野菊子、神山敬三、後藤 允、小林和雄、清水友子、竹中美幸、中島眞一、      藤井法道、西條好廸、他1名
[タイム]  18日 徳山会館11:00-自然観察会13:00~16:30-徳山会館18:00~(泊)
19日 徳山会館9:00=馬坂トンネル口-旧馬坂峠-徳山富士-旧馬坂峠-馬坂         トンネル口12:30=本郷望郷広場13:00=徳山城趾14:30~(解散)
[地 図] 1/20万;岐阜  1/5万;冠山、能郷白山  1/2.5万;美濃徳山、能郷

人形山(1726m 三角点なし)、三ヶ辻山(1764.3m 二等三角点)

五支部合同懇親山行

人形山(1726m 三角点なし)、三ヶ辻山(1764.3m 二等三角点)

05.五支部集合写真

地図を見ていたら「マルツンボリ山」という面白い山名の山を見つけた。ネットで検索しても積雪期の登山ばかりで、無積雪期は1件しかなかった。2.5万地形図には近くまで林道が記載されているけれど、違う林道を使って登っているようだ。詳細を富山支部長の山田さんに尋ねたら、地元で中根山荘を経営している山崎さんが案内してくれるという。「私も同行する」というので、懇親会の前山として登ることにした。
10時前に上梨の村上家の駐車場で両名と待合せて出発。人形山ルートの途中から左に折れ、林道を登る。道は荒れていないが両側から草が生い茂ってヒヤヒヤものである。峠を越えて古い小屋の前で右折し、林道を上り詰めた。谷筋の真新しい切開きを辿るがすぐに終わった。鎌で伐開しながらの登りで意外と時間を要する。4m程の急斜面に当たり迂回したが、濡れて足場が悪くザイルで引き上げる事態であった。谷筋は水は流れていないがかなりの急登で、五支部の会合の時間が気になる。支部長の山田さんも同様のようだ。谷筋を登詰めクマザサ帯に入ると下方の堀さんから「時間だから引き返すぞ!」の催促。クマザサと杉で見通しの悪い三角点にタッチ、すぐに引き返す。見出し標が崩れかけていた。
今日の会場である五箇山荘に戻り、城端山岳会会員で富山県桜守の会会長等色々な会を主催している小原耕造氏の「自然に生かされて」の講演を聴講する。富山県は呉羽山を境に呉東、呉西と呼ばれ、地形、気候植生、産業等が違う。立山杉の葉は握っても痛くない等色々な項目で話された。              ▲翌日朝、出発前に五箇山荘前で参加者全員の記念写真
ところが、その日の正午前に御岳山が噴火。皆、講演の合間も落ち着かず、途中で抜け出してテレビの報道に見入っていた。けれど、あれだけの大惨事になっているとは思わず、懇親会は久しぶりに会う仲間と遅くまで賑わった。
翌日は曇り空の下、中根平まで車で登り点呼。10名ほどのグループに編成され富山支部の方が2名前後を固めて出発。トランシーバーで連絡を取り合い行動を確認していた。杉林から広葉樹林に変ると第二休憩所。左方を切られているが富山県内最大のドウダンツツジに会う。そして背の低い潅木帯になると宮屋敷跡に着いた。晴れていれば360度の絶景が見られるようだが生憎雲が垂れ込めままならぬ。秋色に染まり始めた潅木が続く道は平坦になり梯子坂に差し掛かると、地元の青年が刈払い機を担いで登ってきた。山開き前と秋に刈払いをやっているとのこと。
人形山山行一番の急登をして梯子坂乗越にでる。ここで人形山に行く本隊と別れ、岐阜支部の3名は三ケ辻山に向かう。分かれてからは黒檜の倒木を乗り越える荒れた道でその先の状況が心配だったが、それはすぐに終わり意外としっかりした道が続いている。ガスが流れ太陽が顔を出すと黄色と赤の草もみじの美しさに驚嘆する。その先に三ケ辻山が聳えている。尾根より左側に着けられた道は途中に崩落の箇所もあったが、それ程危           ▲三ヶ辻山の草紅葉
険でもなく順調に高度を上げて行く。頂上は背の低い潅木で覆われ、三角点を中心に広場になっていた。この場所は正確には岐阜県白川村だけれど、俺らが村の山だと旧富山県利賀村の丈の低い標柱が立っていた。                   [今峰正利 記]

[日 時] 平成26年9月27日(土)、28日(日)
[場 所] 27日 富山県南砺市田向333-1 「五箇山荘」
28日 富山県南砺市田向、岐阜県大野郡白川村芦倉 境
[参加者] マルツンボリ山 今峰正利、杉山美智子、野村百合子、堀義博、富山支部2名      懇親会  上記4名、池田真由美、小田幸江、影山英雄、影山千代子、
早田道治、廣瀬 正(岐阜支部関係者のみ、総勢50名)
三ヶ辻山 今峰正利、杉山美智子、堀 義博
人形山  池田真由美、小田幸江、
[タイム]  27日 村上家駐車場9:50=林道終点10:30~10:35-マルツンボリ山13:15-林道         終点14:35=五箇山荘15:25(泊)
28日 五箇山荘7:05=登山口7:35~7:55-第二休憩点9:35~9:40-宮屋敷10:15          ~10:25-梯子坂乗越11:10~11:15-三ヶ辻山11:50~12:00-梯子坂乗越         12:35-宮屋敷13:15~13:30-第二休憩点13:50-登山口15:00(解散)
[地 図] 1/20万;金沢    1/5万;下梨、白川村    1/2.5万;上梨、鳩谷
自然観察会(自