「花の旅 歌の旅」くじゅう連山

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「花の旅 歌の旅」くじゅう連山

このたび日本山岳会の会報誌 山 8月号に岐阜支部会員杉山様の活動報告が掲載されました。

会報誌をご覧になってない方は、今一度、ご覧になっていただきたいと思います。

杉山様の了解を得まして、原文のまま投稿させていただきます。

花の旅歌の旅  九重連山
杉山美智子

縁あって8年余り前に岐阜支部に入ってまもなく、「坊がつる讃歌」という歌のあることを知り、楽曲に激しく魅せられて、一度現地を訪れてみたいものだとかねがね思っていたところ今回の企画を知り、欣喜雀躍すぐに参加申込みをしました。
6月7日岐阜を出て名古屋から新幹線、小倉からソニックに乗り継いで別府駅前のビジネスホテルに前泊。8日午前9時半、約束通り東九州支部の尾家さんが満面の笑顔でロビーまで迎えに来てくださいました。同宿の北海道支部の女性2人とともに尾家さん運転の車で筋湯に向かいましたが、車を打ちつけるような大雨。時々雷ゴロゴロ、この先どうなることでしょう。
途中〝野の花の郷〟で昼食の折り、大分空港からご到着の山行委員長他東京組の男性3名、千葉、日野、大阪の女性3名、それに尾家さん以外の東九州支部6名の方々と初対面のご挨拶をしました。早速皆で郷土料理のだんご汁や山ごぼう(あざみの根)を美味しくいただきました。
筋湯の八丁原ヴューホテルに入り荷物を置き雨具を着て、山群の最も西にある独立峰涌蓋山へ。ここで私は初めて間近にミヤマキリシマの花を見て、感動してカメラを向けていたら、支部の方が言われました。「そんなしおれたの撮ることないよ。明日いくらでもあるから」と。いやいや信じないわけではありませんが撮り続けましたよ、はい。山頂でいただいた、工藤さんご持参の地元高級農園の大きな苺の美味しかったこと
翌日は昨日の雨が噓のような快晴。心も軽く筋湯を車に分乗して出発。牧ノ峠で下車。久住山、中岳、白口岳、鉾立峠を経て法華院温泉へと歩きます。途上の西千里ヶ浜から眺めれば、北に星生山、南に扇ヶ鼻、もう言葉はいりません、まさにピンクの絨毯の連続です。

昨日との天候の差があまりにも大きくて心の中で思わず「ありがとうございます。満足したので明日は雨が降ろうが槍が降ろうが文句は言いません」と呟いていました。

花の道を通って午前 時前に久住山へ登頂、皆で記念写真。

御池遭難碑の前の平地で昼食。8日夜から参加の河野さんが、家から持って来て下さった冷えた剥き甘夏は、疲れた身に甘露のように沁みわたり格別でした。
食事の後、あらかじめ用意していた「坊がつる讃歌」の歌詞カードを加藤支部長に預けて、「ここで歌いたいのです」とお願いして皆で合唱しました。この歌声決して忘れません。大自然の中で歌うと本当に気持ち良かったです。東九州支部では毎年慰霊登山をなさっているとのことです。お天気に恵まれて最高に楽しかった山歩きも終わり午後3時半頃法華院温泉山荘へ到着。夕食を終え、気心も知れて親しくなった北海道支部の方々と3人個室でゆっくり眠りました。
3日目(最終日)は昨日の心の呟きが聞こえたのか朝から雨模様。なので大船山、大戸越ルートを割愛し、雨ヶ池越へ直行して長者原へ下ることになりました。
原曲である広島高師山岳部歌「山男の歌」の替え歌なる、「坊がつる讃歌」を創った九大生3人の管理していたあせび小屋を、支部長が案内して下さいました。「四面山なる坊がつる/夏はキャンプの火を囲み/夜空を仰ぐ山男/無我を悟るはこの時ぞ♫」。この美しい湿原に想いを寄せた山男たちの青春の歌は、私の老春の愛唱歌になることでしょう。坊がつるが見下ろせる場所で名残りを惜しんで再度皆で、「坊がつる讃歌」を声の限り歌いました。
雨に洗われた新緑が美しく、ウツギ、紫陽花、オオヤマレンゲなどの花を見ることができ、アサギマダラにも出会えました。
長者原へ予定より早く着いたので足を延ばし、計画にはなかった大岳地熱発電所、川端康成の名作『千羽鶴』の続編『波千鳥』の文学碑を見学した後、鄙びた味のある筌の口温泉に浸かり山行の疲れを癒しました。
ひとかたならぬおもてなしをして下さった東九州支部の皆さま、長年の憧れの地に導いていただいた委員長の征矢さん、お世話になった長島さん、本当にありがとうございました。

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